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  • 3/20発売
  • 集英社オレンジ文庫
    今日から「夫」と言われても~NDY企画 任侠事件簿~
  • 新釈 グリム童話 ※アンソロジーです
  • 発売中
  • コバルト文庫
    夜来香恋結店(イエライシャンこいむすびてん)
  • 集英社文庫
    ザ・藤川家族カンパニー3 漂流のうた

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キューピー3分クッキング

蘭の結婚


蘭の結婚


  1

 港からの一本道を、馬車は走っていた。
 赤茶けた土が剥き出しの道は荒れていて、拳ほどの大きさの石があちこちに転がっている。車輪が石に乗り上げるたび、二頭引きの馬車はごつん、がつんと激しく揺れた。
「ねえ、母様。あれは何?」
 馬車の窓にしがみついた銀髪の少年が、車中の母親に訊ねた。まだ四、五歳の、幼児と言ったほうがいい彼は外の景色を指さしていたが、埃っぽい風景は、あっと言う間に過ぎ去ってゆく。
 当然、母親には彼が見つけたものはわからなかった。
「ねえねえ、母様。あとどれくらいかかるの?」
 少年は指さしたもののことなど忘れたかのように、次の質問をした。だが母親が答えるよりも先に、彼は馬車の窓に飛びつき、顔を出して馭者に訊ねた。
「ねえねえ、おばさん。あとどれくらいかかるの?」
 馬を操っていたのは、中年の夫婦だった。彼が顔をのぞかせた側に座っていた太った婦人は、驚いたように振り向いた。
「あぶないですよ、顔を出さないでください」
「界渡(カイト)、座りなさい」
 母親の真梛(マーナ)にたしなめられ、界渡は首を引っ込めた。母親に唇を尖らせる。
「だって母様は、教えてくれないんだもん!」
「あなたが答えを聞かずに、落ちつきなく動いているのでしょう? 船酔いはもう直ったの?」
 五日間の船旅の間、青ざめて泣いていたとは思えないはしゃぎぶりだった。「もう悪いことはしません」とべそをかいていたのが嘘のようだ。
「もう平気。気持ち悪くないもん。ねえ、母様。唐木(カラギ)ってどんな所なの?」
「それは何度も言っただろう」
 母親の斜め向かい、つまり界渡の横に座っていた父親が、呆れたように口を出した。眉の辺りが、少年は父・蒼主(ソウシュ)に似ている。母譲りは波うつくせっ毛で、のばして一つに結っているが、所々がぴんぴんはみ出している。
 蒼主が言った。
「唐木は自由民自治頷。清和月(セイワゲツ)とは、風習も違うところだ。おまえの叔母さんにあたる、透緒呼(トオコ)が暮らしている。一度で覚えなさい。おとなしく座って。おまえは落ち着きがなさ過ぎるよ」
「そうですよ界渡。船でも、始めのうちは甲板を走り回ったりして。怪我でもしたらどうするの?」
 両親の小言に、界渡はうんざりして横を向く。父親の隣に滑り降りたものの、窓に向かって舌を出した。
「ふんだ、鬼ババー」
 蒼主がくすっと笑いを漏らした。彼が挑むような視線を妻に向けるよりもはやく、界渡がつづける。
「クソじじー」
 今度は真梛の笑う番だった。夫にほらみろ、と言わんばかりの目つきをする。
  二人の間で、冷たい火花が散った。
「クソじじー。いい言葉だわ」
「鬼ババーもな」
 表情だけはにこやかに言葉を交わし愛、互いにそっぽを向く。
 界渡は両親を見比べて、わざとらしいため息をついた。
「どうしてお二人は、こんなに仲が悪いんだろう」
「いい性格してますね、王子」
 蒼主の隣に座っていた眼鏡の男が苦笑した。
「血は争えない。でしょ?」
 大人びた物言いは、まさしく二人から受け継いだものだ。眼鏡の男――矢禅は半ば呆れ、半ば感心しながら暖昧な顔をした。
「唐木には、あと四半刻もしないで着きますよ。透緒呼叔母さん、王子は覚えていないでしょう?」
 彼が透緒呼に会ったのは、生まれてすぐの一度きりだ。
「うん。でも絵姿で見たよ。あの赤い髪の人とけっこんするんだよね」
 界渡は九鷹(クヨウ)を知っていた。九鷹が自治領の代表として清和月に来た折り、幾度か顔を合わせている。
「つぎの〈しゅちょうさん〉になるおじさんだよね?」
「界渡、おじさんなんて言わないで頂戴ね。あなた、頭にたんこぶ作ることになるわ」
 真梛が眉をひそめる。九鷹は二十四になったはずだが、自分がかつて蒼主を呼んだのと同じ言葉が向けられれば、逆上するに決まっていた。
「ぼく前に殴られたよ」
「あの野郎」
 界渡の告白に、蒼主が舌打ちした。
「ひとの息子をなんだと思ってるんだ」
「他人の息子」
 すかさず真梛が答えた。ふたたびにらみ合った両親から目をそらし、界渡は窓の外に目をやる。いさかいには慣れていた。生まれた時からこうなので、親とは仲の悪いものだと納得してしまうほどに。
「ねえ。ぼくおばさんと似てるかなあ」
 界渡の両親は、蘭のように凛とした、嵐のような透緒呼を思い浮かべた。
 まっすぐで美しく、もろくて不器用だった少女。かたや自分たちの息子は、愛くるしい顔の下に、この年ですでにしたたかさを備えている。
「ぜんぜん」
 あれこれ知りたがる界渡を矢禅が促す。
「さあ、王子。すこしおとなしくしてましょうね。向こうで騒げば、聞違いなく殴られますから。静かにするくせをつけないと」
 脅しに界渡はぴたりと口をつぐみ、両手を膝の上に置く。よほど、以前に九鷹にどやしつけられたのが効いているのだろう。
(あの人を、教育係に呼んだら、効果絶大ね)
 真梛は息子を横目で見ながら、内心ため息をついた。

 2

 自治領・唐木(カラギ)――。
 秋を迎えた今も、日中は熱風の吹きつけるこの村は、いつにもまして賑やかだった。
 次期首長と目される九鷹が、とうとう妻を迎えるのだ。〈陽使〉との決戦から四年。精霊の恵みを失い厳しい生活を続ける村人にとって、今日は久々に喜ばしい日だった。
「おめでたい日、なのよ。ね」
 すっかり化粧をされ、花嫁の衣装に身を包んだ透緒呼(トオコ)は、控えの天幕のなかで、ひとり鏡に向かって眩いていた。ぬれたような艶を持つ紅を掃かれたくちびるに、何だか落ちつかない。自分の顔ではないみたいだ。
「……」
 憂鬱で突っ伏したくなる。こんな派手なこと、本当はいやなのだ。
 なにもいまさら式などあげなくったって。
九鷹とは、ともに暮らして四年になる。とっくに夫婦同然だった。もちろん周囲も承知だと言うのに、それをわざわざ。
 こういうの、見せ物って言うのよ、見せ物。
育った文化とは違う、はでに飾られたかぶりものと、あざやかな黄色の花嫁衣装だ。黄色は銀に準じる神の色ではあるのだが、こんな色、生まれてこの方身につけたことがない。
 影武者かと揶揄される、普段の黒服とは大違いだ。九鷹は喜ぶだろうが……彼が小躍りしたって嬉しくもない。
 そりゃ少しは嬉しいけれど――恥ずかしいのだ。どんな顔をすればいいのかわからない。
 笑顔は苦手だった。素直な気持ちを示すのも。
「それに、だわ」
 気持ちのふさぐ理由は、もう一つあった。九鷹の妻になる。それは同時に〈自由民〉になることでもあった。王や大公の支配を受けず、独自の掟にしたかって暮らす彼らは、「自由」である証として、姓を持たない。
 つまり透緒呼は、「界座(カイザ)」という姓を捨てねばならないのだ。
「あんまり、嬉しくない」
 じつのところ、それが本音でもあった。
 国王の姪、大公の娘という地位を借しんでのことではない。故郷の界座には、いい思い出もなかった。唐木で暮らすようになってからも、一度も里帰りしていない。
 私は私。何が変わるわけでもないのだけれど。
 それでもなじんだ姓だった。身体の一部を切り離すようにさえ感じる。
 私は私。何か変わるわけでもないのだから。諦めをつけるようにそう思いながらも、心は一向に晴れない。
「透緒呼」
 天幕の入口から、楼鈴(ロウリン)が顔をのぞかせる。九鷹の幼なじみでもある彼女が、今日の透緒呼の付添人だった。裾が幾重にも重なった服を着た楼鈴は、青ざめている透緒呼に苦笑する。
「シケた顔しないの。これから生贄になるんじゃあるまいし」
「そう、だけど……」
「あたしも去年やったけれど、たいしたことじゃないのよ」
 楼鈴は昨年の春に、二つ年下の男と、部族のなかでは遅い結婚をしている。
「終わったから、気楽なこと言えるのよあなたは」
 あっけらかんとした彼女が憎らしい。
 透緒呼はくちびるを尖らせて横を向く。笑いをこらえた楼鈴は言った。
「じゃあ、元気になる話をしてあげる。王様とお姉さん、いらしたわよ」
「真梛たちが!?」
「そうよ。通してもいいわね?」
 透緒呼の頬に赤みが戻ったのを見て、楼鈴は天幕から体をひいた。
 入口がざわめき、垂れ幕が巻き上げられる。思わず腰を浮かした透緒呼は、懐かしい姉の姿に声を上げた。

 3

「真椰!」
「透緒呼! なんて恰好!」
 あざやかな衣装に、真梛がおどろいて叫ぶ。だがそれはうれしい悲鳴で、顔をくしゃくしゃにして駆けてきた。抱き合う。
「唐木ふうの式を挙げるのね! 綺麗よ、似合ってる」
「派手で落ちつかないのよ。ああでも真梛、来てくれるなんて! 私駄目かと思ってたわ」
 婚儀が決まってすぐに、招待状を出してはいた。だが、自由民と支配階級は必要以上の交流をしない慣習がある上に、真梛は多忙を極める王妃だ。王族が自由民の婚儀に出席した前例もなく、難しいだろうと思っていたのだ。
「当たり前でしょう? あなたが緊張で青くなるのを見られる機会を、誰が逃すもんですか。九鷹だって思い切りからかえるのよ? こんな楽しいこと滅多にないじゃない!」
「そうとも、透緒呼」
 懐かしい声に透緒呼は振り返り、再び声を上げた。
「叔父上、矢禅!」
 変わらぬ二人が微笑んでいる。大きく腕をひろげた蒼主の腕に、透緒呼は飛び込んだ。
「姪の式に出なくてどうする? おまえはわたしのところにいたのだろう?」
「そうだけど、お供は矢禅ひとりだけなんて、危ないでしょう叔父上」
「僕以上に危険なものなんて、いやしませんよ」
 矢禅が軽口を叩く。蒼主の、あの頃と同じ香水に、時が一気に逆戻りした。
「なんか、すごくなつかしいみたい……。まだ四年しか経ってないのに」
 あの戦いは、はるかに遠い記憶となりつつある。太陽の女神に護られた異世界セラ=ニアと、魔性の侵略者。誰よりも憎み、けれど強く惹かれたザカードも、記憶の彼方だ。
 蒼主が訊いた。
「こちらの暮らしはどうだ? つらいことはないか?」
「九鷹の故郷よ? 気楽でいいところだわ。暇にまかせて、子供に剣を教えたり、楽器を習ったりしてるの」
「楽器? おまえがか?」
 ぷっと蒼主が吹き出し、透緒呼はむくれた。
「成果のほうは聞いてくれなくて結構だわ!」
 どっと笑い声の起こるなか、界渡が進み出てくる。
「おばちゃん? おめでとうございます」
 利発そうなまなざしに、透緒呼は目をみはった。
「あの時のチビが、こんなに大きくなったの?」
「四年経てば、四つになるに決まっているじゃないの」
 真梛が呆れ顔をした。駆け寄って体当たりする息子を受け止める。
「わかってるけど。私、ババアになった気がするわ」
「『鬼ババー』のババー?」
 界渡が首を傾げた。透緒呼は反射的に手を伸ばし、柔らかい頬をつねりあげる。
「これは警告よ、王子さま。二度目はもーっと痛くなるからね?」
「ごめんなさい!」
 息子を妹から奪い返しながら、真梛がが言った。
「あなたたち夫婦は、暴力三昧の子育てになりそうね。この子去年、九鷹をおじさんて呼んで殴られたそうよ」
「言っちゃいけないことを口にするからだわ。小憎らしいところなんか、姉さんの子どもの頃にそっくりだし」
「見ていらっしゃい。あなた、自分に子供が出来たら、王宮に連れて来ないことね」
「その時はまず、自分の息子を隠しておくことだわ!」
 言い合った二人は笑い崩れた。こんな他愛ない言い争いも、久しぶりだ。
「おっ、来たなおっさん!」
 入口で突然響いた声に、透緒呼たちは顔を上げた。花嫁と同じように黄を基調とした衣装をまとった九鷹が、天幕の布をかきあげて入ってくるところだった。
 彼は腰に儀式用の剣をはき、以前のように黒眼鏡をかけている。真梛たちをぐるりと見回すと、界渡に目を止めてにやりとした。
「お、お兄さんこんにちは」
 すかさず界渡が挨拶する。それを聞いた九鷹は、勝ち誇ったように頷いた。
「物覚えのいい子どもは、出世するぞ」
 出世も何も、界渡は生まれたときから次代の国王に決まっている。
 だが、彼はかまう素振りも見せずに、蒼主に訊ねた。
「どうよ、そっちの調子は?」
 王都の様子を聞いているのだ。叉幻月(サカンゲツ)によって次元が閉じられたあと、大陛は大きく趣を変えていた。
「相変わらずだな。〈精霊契約〉が使えなくなってから、作物のとれ高は落ち込んでいる。政策が間違っていなければ、来年あたりから上向くはずだが、今年の冬も厳しそうだ」
「だろうな。それはどこも同じだろうよ。船だって、進歩してるがまだまだだ。〈牙剣(ガケン)山脈〉の〈大扉〉にゃおよばねえ」
 戦いの終結後、精霊たちの加護を失ったカウス=ルーは試練の時代を迎えていた。豊かさを約束してくれた〈精霊契約〉に変わる力を皆が模索しているが、実を結ぶ日はまだ遠い。
「仕方のないことだわ。私たちはこの道を選んだのだもの」
真梛が言った。世界を護るためには、こうするしかなかった。かつて「空牙衆(クウガシュウ)」と呼ばれた彼らは、その決断に関わっている。
「そうだ。船と言えば、亜羅写(アラシャ)はこないんですか?」
 矢禅が訊ねた。
「来られないって。彩女(サヤメ)から界座への航海の途中になるからって、手紙もらったわ。叔父上、獅伊菜(シイナ)たちには今日のこと話してくれたの?」
「来るはずだったんだが。一昨日重症の患者が運び込まれて。あとで改めて祝いにいくからと詫びていたよ」
「そう……」
 透緒呼はすこし肩を落とした。獅伊菜は最も祝ってもらいたい人の一人だった。

  4

 透緒呼は九鷹に訊いた。
「そういやアンタ、さっきどこ行ってたのよ?」
 ここは新郎の控え室でもあるのだ。
「ああ……墓。墓行って来たんだよ、親父の」
 九鷹は口中でつぶやくように、ぼそぼそと言った。
「式おわったら、もっぺん行くけどよ。先に報告しとこうと思ってな」
 九鷹の家族はそこにしかいないのだ。母アールシアと弟・四狼(シロウ)はセラ=ニアに残った。
 どうにか、あの太陽の地に知らせる手段はないだろうかと透緒呼は思う。だが無理だ。あの大陸はすでに滅びたかもしれない。閉ざされた空間の向こうの出来事を、知るすべはなかった。
 九鷹は、母と弟を死んだものと見なしている。彼らについて、あれからひとことも言ったことはない。
「いいんだよ。俺にはおまえがいる」
 気特ちを察したのか、九鷹は透緒呼の頭を軽く叩いた。ついでのように、あげてあったヴェールを下ろした。
「時間だぜ。行くぞ」
「でもっ」
「でもじゃねえよ。来い!」
 怯んだ透緒呼を、九鷹は強引に連れ出した。
 その途端、歓声が上がった。いつの間にか、村人がぎっしりと詰めかけている。口々の祝いの言葉とからかいに、透緒呼は真っ赤になった。顔が隠せて良かったと思う!
 人垣は自然に割れ、二人を通す。彼らが真ん中まで進むと、包みこむようにして、共に広場に向かい始めた。
 誰もが笑い、にぎやかに喋っている。今日だけは、お偉い国王陛下も、ただの友人だった。
  透緒呼の親族として迎えられた蒼主たちも、王宮では見せない顔をしている。
 儀式のおこなわれる広場で、彼らは列席者と主役に別れた。祭壇にすすんだ新郎新婦に、村の神殿の司祭が祝福を与え、首長の言葉がそれにつづく。
 横目で盗み見ると、楽器が準備されていた。楼鈴の結婚四季で、この先は知っている。用意された料理を囲んで、歌って踊る、寝ずの騒ぎがはじまるのだ。
 ぜったい、私たちなんてお祭騒ぎのだしだわ。
 歌いだしたくてうずうずしている人々に、透緒呼は内心頬を膨らませていた。それにしても、うれしそうだ。本人たちよりも、よほど楽しんでいるに違いない。
 一人一人の顔を恨みがましく眺めていた透緒呼は、真梛たちのからかい気味の視線に気づく。
 非公式の訪問に、ふたりともはめを外すつもりなのだ。嫌になる!
 あとで、ぜったい仕返ししてやるんだから。
 歯がみして、透緒呼はふと一人の婦人に目を止めた。黒い帽子に、黒いドレスに身を包んだ婦人、あの人は!
「ははうえ!?」
 ぼろりと声をだし、あわてて口をふさいだが遅かった。視線が、一斉にその婦人を見る。
 目深にかぶっていた帽子を、その人は取ってみせた。母の筮音(セイネ)だ!
 蒼主が、自分の額をぴしりと打つ。今回もこの女性は、夫と喧嘩ずくで出てきたに決まっている。
「遅くなってごめんなさいね透緒呼、と言いたいところだけれど。何なのあなたは、お式の途中に大声をあげるなんて。わたくしは逃げませんから、自分のやることをおやりなさい!」
 筮音は笑顔ながらも、厳しい声を出した。透緒呼は慌てて話を中断させてしまった首長に詫び、儀式の続きを神妙に受ける。
 信じられない気持ちだった。母の列席を義父が許すはずはなく、諦めていたのに。
 嬉しさがこみ上げるなか、九鷹がささやく。
「俺は、ぜってえ来ると思ってたぜ。なんたって、おまえの母親だからな」
「そうかもしれない」
 透緒呼は涙ぐみそうになって頷く。そう、母はそういう人だ。
「さて。そういうわけで、ふたりには皆の前で誓いの口づけを交わしてもらおう」
 にこやかな首長の言葉に、透緒呼は我に返った。肩に手を置かれ、九鷹に引き寄せられて青ざめる。
「うそっ。そんな冗談やめてください首長!」
「わたしは冗談など言わないよ」
 首長は笑う。楽しそうなのは、話を聞いていなかった花嫁への、ささやかな復讐だろうか。
 助けを求めて九鷹を見ると、彼はやる気のようだった。黒眼鏡で目が隠れているせいで、気持ちが大きくなっているに決まっている。
「ふざけないでよ!」
 小声で九鷹をののしる。だが彼はにやにやするばかりだった。
「いちどくらいサービスしたって、へるもんじゃねえだろ?」
「減る! へるわよ!」
「まあまあ。これは次期首長になるものとその妻が、必ずのりこえるものだよ」
 首長になだめられ、しきたりならと諦めかけた途端、九鷹の小鼻がふくらんだ。笑いをかみ殺している。嘘だ。嘘なのだ!
「くよっ」
「あんまり待たせると、あとがめんどうだぜ」
 抗議はささやきで封じられた。熱い吐息に恥ずかしさが募り、めまいがする。
 なんて事だろう。もう、もうもう――!
「じゃあすれば」
 喧嘩腰に言って、目を閉じた。忍び笑いと共に引き寄せられて、初めてではないのに体が震えた。
 ヴェールがあがった。ゆっくりと、九鷹の唇が触れてくる。
 
    わあッ

 人々の掴んだ花びらが、いっせいに宙を舞った。雪のように降り注いで、温かい香りをまき散らす。
 長い口づけに、すこしずつ透緒呼の不安が溶けてゆく。そう、今日から新しくはじまるのだ。唐木の透緒呼として。九鷹を、生涯の伴侶として。
 賑やかな晋楽の奏でられはじめたなか、二人は強く抱き合った。唇をはなし、九鷹が透緒呼を抱き上げる。
 歓声、口笛。色とりどりの、花吹雪。
 透緒呼はヴェールを脱ぎ捨てる。弾けるような笑い声をあげて、晴れ渡る青空に力いっぱい放り投げた。(END)

本日も晴天なり?

2017年9月
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  • ザ・藤川家族カンパニー
    あなたのご遺言、代行いたします/ブラック婆さんの涙/漂流のうた

集英社オレンジ文庫既刊

  • 新釈 グリム童話
  • NDY企画 任侠事件簿
    今日から「姐」と言われても/今日から「夫」と言われても

Cobalt文庫既刊

  • 夜来香恋結店
  • 東京S黄尾探偵団 夏休みだヨ、全員集合!
    (コバルト文庫「書き下ろしアンソロジー① 龍と指輪と探偵団」に収録)
  • 薔薇の純情
    背徳の黒き貴公子
  • 鳥籠の王女と教育係シリーズ(全12冊)
    婚約者からの贈りもの/魔王の花嫁/永遠の恋人/姫将軍の求婚者/さよなら魔法使い/嵐を呼ぶ王子/恵みの環の魔王/魔法使いの選択/〈国守り〉の娘/夢で逢えたら/魔王の遺産/恵みの環の花嫁
  • 今夜きみを奪いに参上!シリーズ(4冊)
    紅(あか)の宝玉/忘れられた楽園/翼のない王/千人王の恋人
  • ダナーク魔法村はしあわせ日和シリーズ
    都から来た警察署長/ひみつの魔女集会/ドラゴンが出たぞ!/いとしのマリエラ/ただしい幻獣の飼い方
  • ガイユの書シリーズ(全4冊)
    薔薇の灰に祈りを/薔薇の灰に恋(こ)がれ/薔薇の灰は雪に/薔薇の灰は闇に
  • 東京S黄尾探偵団シリーズ(全28冊)
    少女たちは十字架を背負う/ 青の封印/ Kの処刑場/五月、拉致られる/さらば愛しき女(ひと)よ/羊たちの祭壇/竹林(ちくりん)温泉殺人事件/時計台の首縊り(くびくくり)の鐘/魔都に鳴く龍/ 君にささげる花束/ Sの葬列/俺たちは天使じゃない/ローマの厄日(やくじつ)/宝島へようこそ/シンギング・バード/奥様は魔女!?(マンガ版)/保健室とマシンガンv/ 嵐の歌を聴け/その女、凶暴につき/八月の雨/Uの烙印/もっとも危険なゲーム/バカップルがいっぱい/雨の海に眠れ/S黄尾、解散!?/ 史上最大の作戦(前編・後編)/奥様は魔女!? リターンズ
  • 振り返れば先生(ヤツ)がいるシリーズ(全2冊)
    振り返れば先生がいる/振り返れば先生がいる2ndシーズン
  • 王子様にキスを
  • 人は影のみた夢シリーズ(全4冊)
    人は影のみた夢①~④
  • 華(はな)は藤夜叉シリーズ(全2冊)
    華は藤夜叉/PURE GOLD
  • アル-ナグクルーンの刻印シリーズ(5冊)
    クィンティーザの隻翼(かたはね)/エズモーゼの左手/星は踊る/ 月を狩る森/砕けた紋章
  • この雪に願えるならば
  • 雨の音洲(あめのおとしま)秘聞シリーズ(全3冊)
    闇燈籠(やみどうろう)心中 桜の章、吹雪の章/ 朧月鬼夜(おぼろづきよ)抄
  • 月虹(げっこう)のラーナ
  • 羽硝子(ハネガラス)の森
  • 睡蓮の記憶
  • カウス=ルー大陸史・空の牙シリーズ(全17冊)
    誘いの刻(とき)/太陽のエセラ/ 祭りの灯(ひ)/嵐が姫《幽幻(ゆうげん)篇》《風雷篇》/忘我の焔/今日命(きょうめい)の螺旋/かさねの鉢植/女神の輪郭(前編・後編)/影朧(かげろう)の庭/聖女の卵/夢眩(むげん)の鏡/華烙(からく)の群れ/蘭の血脈《天青(てんじょう)篇》《地猩(ちじょう)篇》《紫浄(しじょう)篇》

ビーズログ文庫既刊

  • 少年ユヅルの優雅で怠惰な王国
  • 神抱く凪の姫シリーズ(全3冊)
    キレ神様、お目覚めにございます/耐えてください、キレ神様/誓いの刻です、キレ神様
  • 姫さま、恋愛禁止です!シリーズ(全2冊)
    花婿はお馬の王子/旦那さまと呪いのウサ耳
  • 女神の娘の恋歌(こいうた)シリーズ(全3冊)
    暁は伯爵、黄昏は魔王/光の乙女、闇の聖女/一瞬の光、永遠の輝き

幻狼ファンタジアノベルス既刊

  • 半魂香―まどろみの巫女と〈守護者〉―〈上〉〈下〉